「とにかく、やることは
すべて徹底的にやっていましたね」

徳村 盛市(とくむら・せいいち)

略歴:1948年、京都市に生まれる。造園家、庭師。同志社大学卒業後、森蘊に師事。森蘊とともに、文化財に指定された庭園の復元整備事業に携わると同時に、森蘊の作庭活動を支えてきた。現在は庭匠植清代表。2015年12月に文化庁長官表彰、2018年3月に黄綬褒章を受章した。
ロケ地:奈良市忍辱山町 円成寺|日時:2018年6月5日

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リンク(庭匠植清):https://www.uesei.jp/

円成寺庭園(一般公開)

円成寺は奈良市街の北東、柳生街道沿いに建つ古刹である。寺に伝わる『和州忍辱山円成寺縁起』によれば、聖武天皇の勅願により天平勝宝8年(756)に開創された後、万寿3年 (1026)に修行僧命禅によって再興されたという。
円成寺庭園は、仁平3年(1153)に仁和寺の寛遍上人によってつくられたと推定されている。室町時代から興福寺大乗院末寺となり、23坊もある大規模な寺であったようだが、明治維新後の廃仏毀釈によって荒廃した。
昭和29年(1954)に奈良県の名勝に指定された。一年後には森蘊が現地を実測し、その研究成果を『中世庭園文化史』で紹介した。さらに、昭和48年(1973)に円成寺庭園は国の名勝に指定され、2年後に本格的に復元整備の工事が始まった。その指導は森蘊、施工は徳村造園が担当した。

参考文献

森蘊『中世庭園文化史 奈良国立文化財研究所学報〈第6冊〉』奈良国立文化財研究所 1959年
森蘊『名勝円成寺庭園―環境整備事業報告書―』忍辱山円成寺 1977年

森蘊の一言

「私は昭和5年夏に初めて訪問したが、そのころは道路が悪く交通も不便であったせいかほとんど人影もなく、それだけに先住に丁寧に寺史を物語り由緒ある寺宝を説明してくれた。私はこの寺の本堂の奇異な構成に惹かれ、また庭園というよりその環境が著しく古めかしいのに好感を持つことができたので、それ以降奈良を訪れる度毎にこの古寺を参詣しながら調査をはじめた。」『名勝円成寺庭園―環境整備事業報告書―』(はじめにより)