■根元先生コメント
「庭園史家、作庭家の森蘊氏。学生のほとんどはその存在を知らなかったと思います。ランドスケープを学ぶ学生にとって、庭は身近な存在であるものの、なかなかその真髄に迫ることの機会は少ないのが現状です。
今回は奈良にゆかりのあるこの森蘊氏をフォーカスし、あらゆる角度から学生らしい独自の視点で調査を進めました。
最初はどうアプローチして良いものか戸惑う場面も多々ありました。常々私は学生に対し「職能横断」「スケール横断」の重要性を解いています。つまり総合的な視点から計画地に対峙することを徹底的に習慣化しているわけです。このことが逆に小さな庭とどう向き合って良いのかを難解なものにしていたように思います。しかしながら、小さな庭に込められた世界観、ディテールに宿る精神性を存分に汲み取ることができた貴重な機会になったのではないかと思います。
また庭は生活を楽しく豊かにする存在であり、それゆえに理屈では語りきれない肩肘張らない存在でなくてはいけないこともや遊び心の一端も理解することができ、改めて庭の存在を身近なものとして楽しむことができたのではないかと嬉しく思っています。」
■土屋裕さんコメント
「ランドスケープと私が取り組む庭とは規模が違いますが、共通点も多くあり、そこに取り組む若い方の存在が私にとっては大きな期待と喜びでした。
「小さな庭について、何をどう語ればいいのかわからない」といった声もあったと伺いました。全くその通りです。ただそれは規模の大小からではなくて、そもそも語りにくい対象であるからと理解しています。感じたことを言語化することの難しさ。ただ、私の場合は言語化する必要はなく「どう感じるか」ということがとても大事で、次にそれをどう作っていくか、どうなおしていくか、ということが課題となります。私が一番大事だと思う「どう感じるか」ということ。今回の見学の過程でその一コマがあったように思います。その感覚を共有できたことが私にとって大きな期待と喜びでありました。皆様の活躍を期待しております。」
■大岸禄弥さんコメント
「私自身が学生だった頃は森蘊先生といえば、庭園史関係の書物を開けば、よくお名前を見かけ、その道の偉い先生で遠い存在という認識でした。ご縁で奈良に来て、先生の作庭を拝見して、違った側面を見られて、また作庭されたお庭をお手入れする中で、少し近い存在となっていきました。時を経て、私自身も曲りなりにも作庭するようになりましたが、どのぐらい系譜を継いでいるかはわかりません。庭に関わる状況も当時とは異なっているかと思います。
今回の企画は先生だけでなく、弟子世代と孫弟子世代を調べることで一連の流れがあるかどうかを検証できる興味深いものでした。学生の皆様にとっては普段とは異なった事柄で難解なこともあったかと思います。
今回は既に空間としてできあがってるものに対して、現物や資料からどのように読みとったのかということを成果としてとりまとめる必要がありました。しかし、その作業は規模の大小や新規、改修案件関わらず、提案をするための一作業として、分野を問わず試みる作業かと思います。そして様々な切口からの発表がありましたが、その切口の一つずつが引き出しの一つずつであり、今後の役に立つものであります。
皆様のじっくりと読みとられた力に今後を期待するのと私自身改めて考えたり、刺激を大いに受けることができました。
皆様と共有できた時間に感謝いたします。」
■マレスコメント
「1957年に森蘊先生は奈良女子大学の非常勤として「日本美術史」という講義を担当しました。半年だけの講義で、副題が「日本住宅庭園史」だったようです。授業の詳細は定かではありませんが、森先生が当時に出版した通史の内容に従って、浄瑠璃寺や桂離宮など、古代から近世までの歴史的な日本庭園を紹介したと思われます。しかし、まさか72年後に自分の業績とその系譜が同じ奈良女子大学の大学院生の自由課題になるとは、想像もしていなかったことでしょう。
根元先生に初めてお会いした時は具体的に何をどのようにするのかは、まったく決めていませんでした。とりあえず、今の奈良女子大生に森蘊の庭を知ってもらう、また奈良の庭について考えるきっかけになればいいなと漠然と思っていただけです。結局、私たち教員は庭師と一緒に組んで見学を企画し、あとは学生の想像に任せました。その結果は造園の過去と未来を結びつけているように感じました。
森先生が活動していた昭和後期は高度経済成長期の真っ最中でした。日本各地で土地開発が進むにつれて、発掘調査で様々な遺跡が発見されました。当時の大きなテーマはそのような文化財の保存と修理、または復元でした。それらの発見によって歴史が書きなおされ、そして日本という国のアイデンティティーも新しくつくりあげられました。しかし、あれから世界は大きく変わりました。永遠な経済成長の神話はもうとっくに崩壊され、そして地球温暖化や自然災害などの気候変動問題によって人間と自然の関わり方が再び問われています。それも日本という国に限らず、地球に住んでいる全人類が直面している問題です。
このような状況の中で、現役の大学院生たちは過去から何を学び、未来のために何を創造するのか?どのような生活環境を求めているのか?奈良の未来をどう考えているのか?そのような質問への答えの一部がここにあるように思います。」